動画紹介
地上波デジタル放送のメリット・デメリット
大画面テレビというと誰もが欲しくなる今一番人気の家電製品だと思いますが、買う前にちょっと考えてみよう!
小松原高校いじめ問題。いじめ(・A・)イクナイ!
先日、埼玉県の小松原高等学校生徒らが集団で同級生を暴行 していた動画や喫煙中の写真を、生徒(加害者)自らがインターネット上に投稿・公開していたことで、いじめが発覚して大問題となっている。
投稿していたサイトってのはyoutubeとmixiのことなんだけど、色々とトラブルが出るねぇw
まあ、サイト側の責任は薄いと私は思いますが・・・
この事件の詳細はこちら↓
暴行映像と喫煙写真を公開した小松原高校生徒まとめwiki
いじめって悪いことだと思いますが、学校として先生として親として、また一生徒としてはどうしたら無くなるんでしょうね。
結局、一部の暴走したDQNな生徒が起こすことで、またDQNなだけに暴力的だったりするわけで、やはりマトモな生徒は当然「触らぬDQNに祟りなし」ってことになるでしょう。
また、学校や先生としても当たり前のようにいじめが慢性化しているようなDQN学校の場合は、怒っても怒ってもイタチゴッコなわけで・・・
一番悪いのは育て方を失敗した親だとは思うけど、こういうDQNは集団にならなきゃ悪いことはしないから、まさか親の前で他の子供を殴ったりはしないだろう。
ってことで、なかなかいじめを無くすっていうのは難しいことだと思うんだよね。
でもね。
そんな根の深いいじめ問題を一掃するようなスゴイ機械が発明されたみたいなので、ここで紹介しちゃう♪
投稿していたサイトってのはyoutubeとmixiのことなんだけど、色々とトラブルが出るねぇw
まあ、サイト側の責任は薄いと私は思いますが・・・
この事件の詳細はこちら↓
暴行映像と喫煙写真を公開した小松原高校生徒まとめwiki
いじめって悪いことだと思いますが、学校として先生として親として、また一生徒としてはどうしたら無くなるんでしょうね。
結局、一部の暴走したDQNな生徒が起こすことで、またDQNなだけに暴力的だったりするわけで、やはりマトモな生徒は当然「触らぬDQNに祟りなし」ってことになるでしょう。
また、学校や先生としても当たり前のようにいじめが慢性化しているようなDQN学校の場合は、怒っても怒ってもイタチゴッコなわけで・・・
一番悪いのは育て方を失敗した親だとは思うけど、こういうDQNは集団にならなきゃ悪いことはしないから、まさか親の前で他の子供を殴ったりはしないだろう。
ってことで、なかなかいじめを無くすっていうのは難しいことだと思うんだよね。
でもね。
そんな根の深いいじめ問題を一掃するようなスゴイ機械が発明されたみたいなので、ここで紹介しちゃう♪
一つづつ失われていくもの
超ダウン系な今日の私はブログの更新をしないほうがいいかなぁなんて思っていたんだけど・・・
誰しも今の生活に不満の無い人間なんていないと思う。
不満は希望があるから抱くわけで、今の生活よりもっといい生活(金銭面だけではなくて・・・)を望めば、必ず一つや二つの不満はあって当然だ。
むしろ、不満がないと言うことは希望もないわけで、それは生きていく上で悲しむべきことだろう。
だから、不満があることに関しては、私はいいことだと思う。
しかし、その不満を口に出した場合、その不満の多くは文句という言葉に変わる。
私はたとえ不満があっても、自分の中で握り潰したり、不満の元とは違うところへ吐き出すようにしている。
なぜなら、不満はいつだってあることだし、その不満を文句として相手に吐き出せば、いつしか災いになってしまうからである。
「口は災いの元」ということわざがあるけど、昔の人たちも同じ思いをたくさんしてきたんだろう・・・
そして、もし自分が文句を言われても、その文句に対して言い争わないことにしている。
それは、不満を持った相手がその不満を吐き出すことで満足するならば、自分が吐き出された不満を飲み込めば、きっと災いにはならないと思っているからである。
でもね。
結局、それは自分が我慢しているに過ぎないんだよね。
相手の不満を飲み込む度に、自分の中の大切な何かが一つづつ失われていくのがわかる。
それは本当にかけがえの無いもので、絶対に失ってはいけないもの。
この大切なものが底をついた時、私はきっと抜け殻のようになって、二度と話すことは無くなるだろう・・・
その前に私の瞳の中の存在に早く気付いてくれ。
誰しも今の生活に不満の無い人間なんていないと思う。
不満は希望があるから抱くわけで、今の生活よりもっといい生活(金銭面だけではなくて・・・)を望めば、必ず一つや二つの不満はあって当然だ。
むしろ、不満がないと言うことは希望もないわけで、それは生きていく上で悲しむべきことだろう。
だから、不満があることに関しては、私はいいことだと思う。
しかし、その不満を口に出した場合、その不満の多くは文句という言葉に変わる。
私はたとえ不満があっても、自分の中で握り潰したり、不満の元とは違うところへ吐き出すようにしている。
なぜなら、不満はいつだってあることだし、その不満を文句として相手に吐き出せば、いつしか災いになってしまうからである。
「口は災いの元」ということわざがあるけど、昔の人たちも同じ思いをたくさんしてきたんだろう・・・
そして、もし自分が文句を言われても、その文句に対して言い争わないことにしている。
それは、不満を持った相手がその不満を吐き出すことで満足するならば、自分が吐き出された不満を飲み込めば、きっと災いにはならないと思っているからである。
でもね。
結局、それは自分が我慢しているに過ぎないんだよね。
相手の不満を飲み込む度に、自分の中の大切な何かが一つづつ失われていくのがわかる。
それは本当にかけがえの無いもので、絶対に失ってはいけないもの。
この大切なものが底をついた時、私はきっと抜け殻のようになって、二度と話すことは無くなるだろう・・・
その前に私の瞳の中の存在に早く気付いてくれ。
